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テレビでは、光市母子殺害事件で当時18歳の被告に死刑判決が出たこで騒いでいます。
個人的にとても違和感があります。
何故騒ぐのか? 当然の判決ではないのか?
日本は、平和すぎて、人の死 殺人や死刑判決はどこか遠くの世界の話で無関係と思っていたんじゃないか。
未成年や、責任能力のない人などの犯罪などで、環境が悪かったんじゃないか、とやたらと偽善がまかり通り、被害者を置き去りにしてきた。
でも、人殺しは悪いこと非常にシンプルで当たり前のことです。
少年であれ、責任能力がなかろうが、犯罪は犯罪。
人を殺した人数で量刑が変わることがはなからおかしい、遊びや軽い気持ちで人の命を奪ったら基本死刑でいいんじゃないかと思う。
基本死刑から情状酌量の余地があるか審議すべきでは?
弁護団が、本当に裁判に向き合っていたとは思えない、「死刑反対論者」
個人の思想は尊重できても、裁判は別だと思う、ちゃんと弁護士として仕事したとは思えない。
過去の通例に従うだけなら裁判官などいらない。
死刑判決を決断した裁判官は、責任を負い自ら判断した それでこそ裁判官だと思う。
責任を負いたくないからと、一般市民にジャッジさせる変なシステムで、名誉と報酬を受け取りながら実務を放棄してる裁判官もいる
死刑反対論者なのに法務大臣になる奴もいる。
中には、就任の挨拶で死刑執行を行わないと発言した大臣もいる。
法のトップに立つ者が、日本の法律をまもりませんと言ってるのに等しいことをしても何のおとがめもない状態に危機感を覚えた国民が
正気を取り戻したのではないか。
死刑反対、賛成 色々意見はあって当たり前だが、争う場所が違うだろう。
一人の人間を裁く場で、個人の思想だけで走り回る弁護団に、我に返った人が多かったのじゃないのか?
弁護団の仕事ぷりは、弁護士しとして適切だったのか審議しなくていいのか?
法務大臣は、ちゃんと仕事するのか?
大阪で君が代起立で騒いでる人も、議論する場所が違う、教育現場で実力行使されると子供が被害を受ける。
思想や意見が違ってもそれが普通だと思う、しかし、違う場所で実力行使すると混乱する。
「仕事場では、ちゃんと仕事しろ!」と弁護団に思った人が多かったんじゃないだろうか、そして、なんであんなに力もってるんだと。